猫がいてくれたから、今日も生きていけると思えた話
先日、いつも立ち寄る喫茶店で、ある女性とお話しする機会がありました。
その方と会うのはまだ2回目です。
以前、「顔についていた白い綿だと思ったら猫の毛だった」という記事でご紹介した女性です。
(※関連記事はこちら →顔についていた白いものは猫の毛?多頭飼いで感じる猫との暮らしの幸せ)
第一印象は、とても明るく、話好きな方でした。人との距離が近く、初対面でも気さくに話しかけてくださる方です。
けれども、どこか「無理をして元気に振る舞っているような印象」を私は受けていました。
もちろん、それは私が感じた印象であり、本当のことはご本人にしかわかりません。
しばらく話をしているうちに、その方が静かに打ち明けてくださいました。
「大切な娘を突然亡くしたんです。」
それは数年前の出来事でした。
突然のお別れだったため、きちんと別れの言葉を交わすこともできなかったそうです。
「あのとき、ああしていれば……。」
そんな後悔が今でも心に残っていると話してくださいました。
話している途中、何度も涙を流される姿を見て、大切な人を失った悲しみは、年月だけでは癒えるものではないのだと感じました。
それでも、その方は仕事を続け、毎日を懸命に生きています。
そして、こんな言葉を聞かせてくださいました。
「猫がいてくれなかったら、私はどうなっていたかわかりません。」
私はその言葉に深く共感しました。
私も猫と暮らしています。
悲しい日も、落ち込んだ日も、猫たちは何も言いません。
励まそうとするわけでもありません。
ただ隣で眠り、静かに寄り添い、いつもと変わらない時間を一緒に過ごしてくれます。
その何気ない存在が、不思議なくらい心を落ち着かせてくれることがあります。
猫は悲しみを消してくれるわけではありません。
失った人を連れ戻してくれるわけでもありません。
それでも、「今日も一日を生きてみよう」と思える小さな力を、そっと与えてくれる存在なのかもしれません。
今回お会いした女性のお話を聞いて、改めて思いました。
人は見た目だけでは、その人がどんな人生を歩み、どんな悲しみを抱えているのかはわかりません。
だからこそ、目の前の人に少しだけ優しく、少しだけ想像力を持って接したい。
そして、猫という存在が、言葉では表せないほど多くの人の心を支えていることを、私はこれからも大切に伝えていきたいと思います。

