ペットとの思い出は、きれいじゃなくてもいいのかもしれない

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犬や猫たちとの思い出を振り返ってみると、不思議なことに、きれいな思い出ほど強くは残っていない。

むしろ、

「育てるのに苦労したなぁ」
「なんでこんなことをするんだろう」

そんな出来事の方が、妙にはっきり思い出せる。

だから私は最近、思い出は“きれい”じゃなくてもいいのかもしれないと思い始めた。

あまりにも整いすぎた思い出は、後から振り返った時に、輪郭がぼやけていることがある。

その一方で、

「大変だった」
「困った」
「痛かった」

そんな記憶には、不思議と温度が残っている。

昔飼っていたゴールデンレトリバーは、嬉しくなると嬉ションをする子だった。

ある日、私はそのおしっこを踏んで滑り、そのまま足が扉の下に挟まり、親指を骨折したことがある。

当時は本当に大変だった。

でも今思い返すと、最初に浮かぶのは痛みではなく、そのゴールデンレトリバーの姿なのだ。

彼女との思い出が蘇り、ふと笑ってしまう。

きっと思い出というのは、きれいで完璧だから残るのではなく、感情が強く動いたから残るのだと思う。

今日も私は、猫たちがどんな失敗をしてくれるのか、少し楽しみにしている。